海峡マラソン無事終わったかな~!!

今朝は素晴らしいマラソン日和で、1万人を超える海響マラソンの参加者も良かったのでは・・・
16時頃から下関は雨模様に・・・
私はロートル5姉妹が北海道に旅行するとのことで、早朝より福岡空港へアッシー(*_*)
二番目の姉は海外旅行に頻繁に行き、旅行慣れしているのですが・・・方向音痴で、全て主人任せ!!
あとの4人も同様で、姉妹揃っての旅行は20数年振り。
さぞや珍道中になるのではと心配しています。
新千歳空港に着けば添乗員が待っているので、如何にかなると思うのですが・・・到着しているはずの時間になっても電話一本無し(*_*)困ったものです。
さて、今日の海響マラソンのコースになっている彦島にある平家ゆかりの寺院について、書いてみたいと思います。
平家が壇ノ浦の合戦で敗れてから平重盛の守り本尊を奉じて堂宇を建立したと言われる時宗の寺院『西楽寺』が彦島本村町あります。
寺伝によると、平重盛の守り本尊を、平家が壇ノ浦で敗れてから、執権植田治部之進・岡野将監・百合野民部が奉持して、彦島に渡り、先住の河野一族と図って、迫に堂宇を建立しました。
建治2年(1276)、一遍上人の従者・西楽法印がこの島に訪れ、尊像を今の地に移し、西楽庵と名付け、のちに西楽寺と改称しました。
西楽寺本尊の木造阿弥陀如来像は、下関市の文化財に指定されています。
彦島は瀬戸内海の制海権を握っていた平家にとって重要な拠点の一つであり、実際に壇ノ浦の戦いの際には平家が本陣を置いていました。
また、平家ゆかりの話としては、厳島神社の建設にあたって安芸宮島と並んで最終候補地になりましたが『七里七浦七曲がり』の条件のうち、僅かに長さが足りずに選ばれなかったとも伝えられています。